土塁

土塁
土塁


中宮第4団地の近くには枚方製造所の土塁が今も残っています。

この地域には禁野火薬庫がありました。
昭和13年、枚方製造所が設置され、砲弾や爆弾の製造と火薬の充填が行われるようになり、国内屈指の一大軍事施設となりました。

禁野火薬庫は昭和14年3月1日に大爆発をおこし、軍人、民間人を含む100人が死亡、家屋の全半焼821戸など多数の負傷者が出ました。

事故後、禁野火薬庫は縮小され、面積の3分の2の敷地が枚方製造所に移管されましたが、戦争の激化とともに新たに大阪陸軍の火薬、信菅工場が移転してきました。
この土塁はそれに伴う施設です。

枚方製造所、禁野火薬庫ともに火薬を収納した倉庫は仮に爆発しても被害が拡大しないように倉庫の屋根まで達する堅固な土塁で1棟ずつ囲まれました。
敗戦により軍施設は閉鎖されましたが、団地の造成にともない土塁や建物、施設はのぞかれましたが、今もこうして残されています。

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